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津波に備えるだけでは不十分

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福島原発の事故を教訓にして、これからは大津波等を想定して様々な策が講じられるでしょう。しかし、これでは全く不十分です。

昔、小中学校の敷地内には誰でも自由に出入りできる平和な時代がありました。それで特に問題がなかったからです。しかし、異常者が校庭に乱入し、多数の児童を殺傷する異常事件が起こりました。

それ以前の社会が想定していなかった事態です。そのような事件が起こると、再発防止策として、学校への侵入に対するセキュリティが強化されたりします。起こってしまったことに対するお決まりの「後手」策です。先手ではありません。

原発が大津波の再来に備えたり、学校が不審者侵入に備えたりすることは、しないよりはいいことです。しかし、それでは、「想定外のことを想定する」ということにはなっていず、福島原発事故以前と何も変わっていないように思います。

福島原発の教訓が活かされているとは言えないでしょう。「再発防止」という言葉自体が、過去に起こったことと同じ事態に備えるだけ、という意味だからです。

福島原発の事故から私たちが一番学ばなければならないことは、「今までの想定に危険な穴がないか、想定外のことを頑張って想定してみる」ということでしょう。「再発防止」などの次元の低い後手の発想を乗り越え、「初発防止」の先手の決意を持つことこそを、一番大きな教訓とすべきではないでしょうか。

津波にやられたから、津波の対策だけを考えるのでは、あまりに近視眼でしょう。大雨で巣が壊れて慌てている蟻と同レベルの知性しかないことになります。部分事象から、それを一般化した教訓を得る大局観がないほど日本人はマヌケではないはずです。

「原発に津波」という部分事象だけを見る蟻の視点から脱し、もっと広範囲な領域でのあらゆる危険を検討する鳥の目を持つ必要があるでしょう。

しかし、一方、だからといって、リスクの小さい危険の全てに備えるということは、無限の費用が必要となり、経済的に成立しません。例えば、原発に対する「UFOからの攻撃に備える」、「核ミサイルによる攻撃に備える」等の費用は莫大になります。採算が合わず、原発は成立しなくなります。

どんな小さなリスクでも、想定できるリスクには全て備えるべき、という単純な原理は、このように非現実的で成立しません。どこかで線引きは必要です。しかし、その線引きは確率の大小で行なうべきではないでしょう。

それが起こってしまった場合、取り返しがつかないほど壊滅的なことになる、そのようなリスクに対しては、どんなに確率が小さくても、少なくてもシミュレーションだけでもしておくべきでしょう。

例えば、外国から首都圏に核ミサイルを打ち込まれ、政府、国会等の機能が全滅してしまったとき、などです。このような事態は、どんなに小さな確率であっても、最低限、シミュレーションだけでもしておくべきでしょう。日本の残った地域の人々で、どう連携し、どういうルールで統治していくか等に対するシミュレーションです。もちろん、可能なら、今からでもルール作り等の備えが必要でしょう。

他にも、もっと簡単に想定できる事態は、原発が外国からミサイル攻撃を受けた場合でしょう。あるいは、テロリストによる原発攻撃は身近で差し迫った危険かと思います。ミサイル攻撃より確実で低コストで実行可能だからです。

また、全く別種の事態ですが、私が前から主張している、首相が認知症を発症してしまい、「殿のご乱心」状態になったとき、法的にどう対処するのか、を決めておく必要もあるでしょう。

とにかく、「バカバカしい!」と人に冷笑されるような事態を真面目に検討、シミュレーションを行なうべきである、というのが福島原発の事故から得るべき最大の教訓ではないでしょうか。

私のような全国の心配性の皆さん、今こそ、私たちの出番ではないでしょうか。福島原発の事故以前は、私たちの心配性を冷笑してきた楽観主義者たちも、今の時期なら、私たちの意見に耳を傾けてくれる可能性があります。日頃感じている心配を積極的に発信していきましょう。偉そうにすみません。m(__)m

by robocop307 | 2011-12-28 21:12 | 意見表明  

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