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警察などの証拠捏造等で冤罪が発生することがあります。大阪地検の検事による証拠捏造で厚生労働省の女性局長が逮捕された冤罪は記憶に新しいところです。

冤罪が立証、確定した場合、冤罪で課せられた罰と同じ罰を証拠を捏造した警察関係者に課すのが正義ではないでしょうか。

警察関係者が証拠捏造を行う動機は熱い正義感からであることはよく理解しています。「こいつが絶対、犯人に違いない!こんな極悪犯を無罪にしてはならない!」という正義感です。

しかし、証拠捏造は超えてはならない一線を超えた犯罪です。「正義感から」と言っても犯罪は犯罪です。そのような勘違い正義感から目覚めてもらう意味で、証拠捏造は厳しい鉄槌で制裁されなければなりません。

但し、無罪の人が死刑執行に毎日怯えて20年間投獄されたとします。この場合、証拠捏造犯に同じ期間の20年の懲役を課すのでは全く釣り合いません。

「毎日、死刑に怯える」という部分が無いので、20年間の質がまるで違うからです。ですから、「死刑に毎日怯える」という部分の罰は、例えば、一律懲役30年に換算してはどうでしょうか。

例えば、無罪の人が死刑判決で20年間投獄された場合、証拠捏造犯の処罰は懲役20年プラス30年で、合計懲役50年間とするわけです。

無罪の人を冤罪で死刑にしてしまった後に証拠捏造などが立証された場合はどうでしょう。その場合はもちろん、証拠捏造犯は単純に死刑にするべきでしょう。

たとえ無罪の人が死刑にされなくても、長期間の不当な監禁で精神が錯乱してしまった場合も、証拠捏造犯は、やはり同様に死刑にすべきでしょう。

動機が正義感なら許されることになれば、テロも許されてしまいます。テロリストも狂信的な正義感から行動している場合が多いからです。客観的には狂信的でも、主観的にはテロリストも正義感で動いているのです。証拠を捏造する警察関係者と同じです。

主観的正義感で行動することが許されるなら、この世に法律は要りません。主観的正義の基準がバラバラなので、文明社会では客観的正義の基準として法律を制定しているわけです。証拠捏造犯は、こんな基本中の基本理念も理解せずに警察の仕事をしているのです。

証拠捏造の疑いが生じても、警察組織自体は過去に遡って被疑者を徹底的に操作、追及しないのが慣例のようです。被疑者が自分達の身内だからでしょう。仮に捜査するとしてもポーズだけで真剣には行われないことは容易に推察されます。

冤罪にも2種類あることを社会が明確に認識するべきでしょう。一つ目は、捜査機関や裁判官が真摯に全力を尽くしたけれど誤った判断をしてしまった不可抗力の冤罪。神ではない不完全な人間にとっての不可避なミスです。

二つ目は、意図的な証拠捏造、隠滅という犯罪が作り出した冤罪。この2種類を社会が混同しているように感じます。前者の不可抗力の冤罪の場合、無実の人に賠償するだけで終わりにせざるを得ないでしょう。

しかし、後者の犯罪による冤罪の場合、もちろん、被害者への賠償だけで幕を引くわけには絶対いきません。証拠捏造などを行った犯罪者をとことん追求して刑事告訴、処罰まで行わなければ文明社会とは言えないでしょう。

冤罪を作り出した犯罪には時効不適用などの制度も必要でしょう。とにかく、冤罪再発防止の観点から、証拠捏造、隠滅した警察関係者を追及、処罰する厳格なメカニズムの立法化を強く望みます。

但し、新しい冤罪の悲劇を生み出さないためにも、完璧に立証される証拠捏造以外は、推定無罪として扱うのは当然です。「疑わしきは罰せず」が大原則です。

もちろん、証拠捏造の「やり逃げ」を許さないためにも、過去に遡って適用される立法化が必要であることは言うまでもありません。現在、居間でお茶を飲みながら孫とくつろいでいる証拠捏造犯達は多いでしょう。

そんな彼等を根こそぎ、首根っこをつかまえて自宅から引きずり出し、全員を投獄できる実効性のある立法化を強く求めます。

天網恢恢疎にして漏らさず。

by robocop307 | 2014-03-27 17:02 | 意見表明  

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