昭恵さん
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【このブログは、過去の記事を含めて、より分かりやすくするために常時、推敲しています。】
私の近所のオバさんの話です。^^ お嬢様育ちのオバさんです。
私が昭恵さんの言動、行動を見ていて思った一言。
昭恵さんをそれほど知っているわけではないので、昭恵さんは多分、八方美人だろう、という私の臆測です。そうでなかったのなら失礼な話なので、お詫びします。
皆さん、私を見習って、人に嫌われる勇気を持ちましょう。でないと、いつか破綻しますよ。
「みんなにいい顔をする」ということは、自分の本音は一つですから、誰かにはウソをついていることになります。
そんな小さなウソをあちこちで重ねていると、遅かれ早かれ、いつか破綻するわけです。
地層の小さな歪みが蓄積して、ある日、大地震となるように、つじつまの合わない小さな矛盾が蓄積して、ある日、破綻するのです。
人当たりのいい「温厚な人」と、ずるい「八方美人」とは、表面上とても似ています。しかし、内面は全く正反対な人です。くれぐれも両者を混同なさらぬよう。
温厚な人とは、周囲に優しい気遣いをする礼儀正しい人です。しかし、必要なときには、「ノー(No)」と言える人です。
相手が「私に賛成してくれている」とか「私を応援してくれている」などと誤解しそうなときは、相手の誤解を解くために、相手への気遣いから、ちゃんとノーが言える人です。
一方、八方美人とは、「ノー」と言って相手に嫌われる勇気がないため小さなウソを重ねるずるい人です。
八方美人は、相手への本当の気遣いなんかありません。だから、曖昧な態度で相手を誤解させ、後々、相手に損失を与えてしまうことも平気です。
それよりも、自分が好きな「みんなから好かれている善人の自分」というイメージの方を優先、大切にする人です。
私の経験では、八方美人は、温室育ちのお坊っちゃま、お嬢様が多いような気がします。
なぜ大人になるまで自分の八方美人という誤った行動が是正されないのか、の理由を考えてみました。
自分が撒き散らす八方美人が原因のトラブルを、いつも自分自身で解決しないのかもしれません。親や執事や夫などに、いつも解決、尻拭いしてもらっているのでしょう。
ですから、自分の過ちが自分の痛みとして自分に返ってこないので学習しないのです。
私たち一般国民なら、例えば職場などで、曖昧な態度をとったせいでトラブルが起こったとしましょう。そんなとき、私たちは、必ずこっぴどく叱られ、痛い目にあいます。そして「曖昧な態度では人様に迷惑がかかることがある」ということを学習します。
しかし、社会で鍛えられたことがない世間知らずの温室育ちは、このような学習の機会がなかったのでしょう。
物事をはっきり主張すれば、「あのとき、ああ言ったじゃないか!」と責任を問われる可能性があります。しかし、八方美人は、曖昧な態度の傍観者でいることで、そのような危険を回避するのです。
責任を問われる「当事者」という立場をいつも避けるのです。いつも微笑みを浮かべながら、神様に祈るだけの安全な「傍観者」でいたがるのです。
八方美人は自身のことを空気のような存在とみなしていて、何も責任がないという感覚です。ですので、自分自身の脇の甘さが招いた事態にも「どうしてこんなことになったのだろう?」などと平気で傍観者になります。
そんな感覚ですから、当然、反省したり、自分の軽率さで迷惑がかかった方々にお詫びするという発想も全くありません。
「対立」や「謝罪」という汚れ役を自分では決してやらず、いつも自分の保護者に代行してもらうわけです。その意味で精神的に自立していない幼児性ということです。
幼児性は年齢を重ねれば自然に卒業できるものではありません。社会で鍛えられたことがない世間知らずのままでは、オバさんの年齢になっても幼児性は卒業できないのです。
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by robocop307 | 2017-03-24 08:46