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私は洗脳されていました

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今日の朝刊で、元オセロの中島知子さんが昼のテレビに出演すると知り、しっかりと予約録画して仕事に出かけました。

「出演」と言っても、スタジオでの生出演ではなく、前日に撮られたインタビューの模様の放映でした。さきほど、その録画を見終わり、洗脳されていたのは中島知子さんではなく、私の方だったことを知り愕然としました。

勤務先企業が社員を自社に都合のいい社畜にしようと、あの手この手で仕掛けてくる洗脳には、何十年間の間、ただの一度も洗脳されたことがありませんでした。それなのに、マスコミには、たった1年ほどで、ころりと洗脳されてしまったとは、実に悔しいですし、戦りつします。

言論の自由がない独裁国家の政府系報道に洗脳されている国民と変わらない知性だったわけです。元々、自分は相当なバカであるとは知っていましたが、自分の知性に対し、さらに自信喪失してしまいました。

「洗脳されている人の条件」の一つとして、「本人には洗脳されているという自覚が無い」という条件がある、と常日頃、私は考えていました。今回、見事に自分がこの条件を満たしていたことに気づきました。

憶測の報道によって「中島知子は、元占い師によって洗脳されている」と日本中が刷り込まれていました。私もその一人でした。伝聞を検証もせず、そのまま鵜呑みにしていたのです。

報道側も悪意があったわけではないでしょう。「脳は断片情報をどうしても意味あるストーリーに組み立てたがる」という自然の法則に報道機関が支配されただけです。デマの自然発生の原理と同じです。

伝聞を自分自身で検証もせずに信じているという点では、「地球は丸い」とか「日本は核を持っていない」とか「ヨーグルトは腸にいい」とか「北には言論の自由がない」とか「フセインは死んだ」とかいう常識も同じです。全て0.1%位は怪しいと思っていたほうがいいかもしれませんね。

それにしても、以前と全く変わらず頭の回転も速く、ユーモアのセンスもあり元気な中島知子さんを見て嬉しくなりました。例の小気味いいテンポでインタビューアーの質問に理路整然と答えていました。

彼女の芸能界復帰の可能性はゼロだと数日前に思っていた自分が本当にバカバカしいです。自分を恥ずかしく思った一日でした。

by robocop307 | 2013-03-29 21:23 | ご報告  

「自分」とは何か

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「自分」とは何か_d0168150_23472686.jpg

先日、「アインシュタインの相対性理論は理解できない」と書きました。もう一つ、中学生時代から、本日に至るまでずっと分からないことがあります。

それは、「自分とは何か」という問題の答です。

この世から、「魂」とか「神」とか「心」とか、その種のものを一切取り除いて考えてみましょう。そうすると残ったものは物質のみです。いわゆる「唯物論」と呼ばれる考え方かもしれません。

この世の中が素粒子から構成される物質とエネルギーのみで構成されていると仮定します。現代科学の唯物論では、「心」というようなものは説明できませんから、「仮定」というよりも、そのように考えることが普通です。

しかし、この世の中が物質のみから構成されているとすると、地球上の全人類は、単に「装置」ということになります。光を眼というセンサーで探知し、脳に信号を送る。音声は耳というセンサーで探知し、同じく電気信号に変換して脳に送られる。

脳では、様々な信号を処理して反応したり、考えたりする。「考える」といっても、計算機の「処理」と同じです。唯物論では、もちろん、金属やプラスチックでできている本物のロボットに「心」があるとは考えません。

唯物論の視点では、人間だって、材質が金属やプラスチックではなく蛋白質であるという点を除けば、単なるロボットと変わりありません。つまり、唯物論では、ロボット同様、人間にも「心」は存在しないことになります。

仮に地球の人口が72億人だとしたら、地球上には、「心」がない、ただそのような装置が72億個存在しているだけ、ということになります。それら72億個の装置は、性能や特徴の違いはあるかもしれませんが、地球上の全ての人類でお互いに対等のはずです。

だとすると、ここから先が分かりません。単にこの世には、光や音に反応し、計算、処理する72億個の装置があるのですが、その中のたった1個である「自分」とは、いったい何なのでしょう???

私が朝起きたとき、この世には72億個の装置が処理している72億個の視界があるはずなのに、なぜ、自分は、その中のたった1個の視界を「見る」のでしょう。その1個が選ばれている根拠は何なのでしょう?なぜ、自分は他のAさんやBさんやCさんの装置(脳)が処理している視界を見る立場ではないのでしょう?

物質としての装置なら72億個の全てがお互いに対等、平等であるはずです。それなのに、そこに「自分」という特別な1個の装置が存在し、対等性が崩れている現象はどう説明されるのでしょうか???さっぱり分かりません。

恐らく、私のこの疑問は、「この人、バッカじゃないの?」と思われるだけのバカ丸出しなのだと思います。

「その72億個の装置は、それぞれその装置自身を特別な『自分』と感じているので、72億個の装置の間での対等性は崩れていませんよ」という説明は、私には納得できません。なぜ納得できないかは、残念ながら私には言葉で説明することができません。

私が感じている謎を他人に言語で説明できないこの現象は、まるで、地球上の人類がこの不思議(矛盾)に気づくことを禁ずるための壁のようにも感じます。(気は狂っていません。大丈夫です!(^^ゞ )

中学生時代、私はこの疑問を私の親に説明してみましたが、やはり、「何バカなこと言ってんの、この子は!」という反応でした。つまり、理解してはもらえませんでした。

しかし、同級生の中の二人だけが共感、理解してくれました。理解してくれたというよりも、私が話す前から同じ疑問を持っていたとのことでした。少数ですが、私以外にも私と同じ不思議、矛盾を感じている人はいるようです。

中学生時代のその二人の同級生は、二人とも大学で理学系の数学科に進みました。ですので、私と同じ疑問を感じる人間は非論理的な人間だとは言えないでしょう。

最近では次のように推測しています。「心は存在しない」と仮定することで、この矛盾に突き当たっているのだから、「心は存在しない」という仮定自体が誤りなのではないか、と。

言い換えれば、唯物論では「自己」という概念を説明できないので、これが唯物論の限界なのではないか、と感じます。簡単に言えば、唯物論は破綻しているのではないでしょうか。

光が網膜で電気信号に変換され、脳に送られ、処理されているという装置の現象には、動詞「見える」という概念が入り込む余地はありません。「見える」という概念は、光を主観的に観察している「何か」の存在を前提としている表現です。

光を主観的に観察しているその「何か」を私たちは「心」、あるいは「自分」と呼びます。何かを見たり、感じたりする「心」の存在を唯物論では説明できないので認めていません。

そうなると、「私も光が見えます」と感じるあなたにとっても、唯物論は破綻していることになりませんか?唯物論は光を処理する装置の仕組みは説明できますが、光が見える「心」や「自分」の存在を説明できないからです。

唯物論とは、今から数千年後には、「古代の人が信じていた古典的概念」みたいな扱いになるのではないでしょうか。ちょうど古代の人間が「地球は平らである」と信じていたように。















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by robocop307 | 2013-03-27 21:43 | つぶやき  

本田選手の凄い言葉

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プロサッカー選手・本田圭佑さんの話の続きです。彼がNHKの取材に対して、次のような凄い発言(青字部分)をしているようです。

自分が本当に幸せになるときって、人間のどのタイミングかなって考えたときに、自分自身が喜んでいるときじゃなくて、人を喜ばせることができたときに、ほんまに自分が幸せな感情になるんかなと。そんなんがちょっと最近、新しい喜びみたいな・・・

す、す、凄い!彼の人間的成長に、ただただ脱帽です。大物は違う!自分自身がゴールできたときだけではなく、ゴールをアシストできたときの喜びも同じように大きいことから生まれた言葉のようです。

恐らく英語の諺
   "Live and let live."
にも通じる人生の「気づき」ではないでしょうか。

by robocop307 | 2013-03-25 22:22 | つぶやき  

好きな人:本田圭佑さん

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◆好きな人:CSKAモスクワに所属するプロサッカー選手の本田圭佑さん

◆理由:強気とハッタリ。才能と努力。その生き様。何の根拠もないのですが、もしかしたら、本音はとても気が小さい人かもしれません。外見からはそんな風に見えないので、多分、違うとは思いますが。私とはまるでキャラクターが違いますが、手本にしたい尊敬している人物の一人です。私の中では、「カッコイイ日本人」として、メジャーリーガーのイチローやダルビッシュと同格ですね。

by robocop307 | 2013-03-25 19:42 | 好きな人、嫌いな人  

理解できない相対性理論

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中学生の頃に矛盾を感じたのですが、アインシュタインの相対性理論は、現在でもやっぱり理解できません。

光速、すなわち、光の速度は誰から見ても不変ということは分かりました。実験結果がそうなのだから、認めましょう。

だとすると、絶対的な時間という古典的な固定概念が崩れざるを得ないことも理解できます。その結果、宇宙船が速い速度で移動すると、その宇宙船の中での時間の進み方がゆっくりになることは理解できます。

宇宙船ではなくとも、通常の飛行機、あるいは、新幹線などでも実際に起こっているらしいです。僅かな時間のズレは計測できるらしいです。時間のズレと言ってもテキトーですが、100万分の1秒とか、1億分の1秒というレベルだとは思いますが。

つまり、地球から飛び立った宇宙船が長い年月、光速に近い速度で飛行していると「浦島太郎」現象が起こるわけです。その宇宙船が長い年月の飛行の後、地球に戻ると、自分の家族、知人、友人は皆、死に絶えていて、地球には自分が知らない人ばかり、という「浦島太郎」現象です。ここまでは、なんとか理解できます。

ところが、ここから先が理解できません。宇宙船から見れば、猛烈な速度で動いているのは逆に地球の方です。だとすると、宇宙船から見れば、地球上の時間がゆっくり進むことになり、宇宙船に乗っている自分がどんどん先に老いていくわけです。

つまり、宇宙船に乗っている自分が地球上の家族、知人、友人たちより先に老いて死ぬことになります。だとすると、先ほどの地球上の家族、知人、友人たちが先に死んでしまうという「浦島太郎」現象と矛盾するわけです。

どちらかが死ぬほどの長期でなくとも、とにかく、宇宙船が地球に戻った場合、地球上の自分と同年齢だった友人が自分より年上になっているシーンと、自分の方が年上になっているシーンと、2つのシーンが起こることになります。

簡単に表現すれば、お互いに相手の時間がゆっくり進むという異なる2つの世界が出現します。これって、世界が2つに分離するってことですか???

こんな矛盾が起こるのに、それでもアインシュタインは正しいんですか???

もちろん、天才のアインシュタインではなく、間抜けな私の方が間違えているに決まっています。でも、以上、説明した矛盾のどこが間違えているのかが分かりません。

by robocop307 | 2013-03-22 23:06 | つぶやき  

東電だけを批判するのはアンフェア

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私はよく、鬼の首でも取ったように東電を批判しています。しかし、福島原発の事故に対し、東電だけを批判するのはフェアではないということは十分、自覚しています。

国家の承認の元に原発を運営していたわけですから、その国家の政府を選んでいたのは、我々国民です。

3.11の悲劇まで東電の原発運営に対し、私を含め多くの国民は何も発言していませんでした。原発から供給される電力の利便性を享受していたのですから、いわば、原発の運営は国民の総意だったことになります。

このように原発事故の責任の一部は国民も担わざるを得ないからこそ、東電の損害賠償負担を一部、税金で支援することに文句は言えないわけです。

私を含め、3.11までは無言でいた人が、原発事故を見てから突然、手の平を返したように東電を批判する人は、全て「後出しジャンケン」のやましさを感じているはずです。

3.11以前からずっと東電の原発運営を批判していた人々のみが、東電を声高に批判し続ける権利があるのでしょう。

by robocop307 | 2013-03-22 20:44 | 意見表明  

また悪玉単純化

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脳のメカニズムにより、情報が人々の間に広く伝わるには、ある程度の「単純化」が起こることは止むを得ません。

しかし、場合によって、その単純化の作用により、「正しい情報」が「誤った情報」に転化して広まることは日常茶飯事です。このような場合の単純化を私は「悪玉単純化」と呼んでいます。

一例を挙げれば、広く信じられている「夏の熱中症予防には、水分だけではなく塩分も!」という考え方です。

この方針を一般人が採用することは危険な間違いであることを私の著作でも詳しく紹介しました。NHKの「ためしてガッテン」でも警鐘を鳴らしていました。

最近、日本糖尿病学会が発表した「極端な糖質制限食は推奨しない」というニュースも、「悪玉単純化」の作用によって、「誤った情報」に転化しつつあります。

その作用とは、報道や人々の口伝て(くちづて)の間に「極端な」という重要情報が脱落してしまうことです。つまり、不正確な伝言ゲーム現象が起こるのです。

その結果、糖尿病学会が発表している科学的真実とは異なる「誤った情報」が広く伝播してしまいます。人々が楽に伝えやすい表現に転化してしまうからです。

こうしたコミュニケーション上の現象を大局的に理解している人は少数派です。ですから、誤った情報をそのまま鵜呑みにして損をする人が大勢でてしまうことは、本当に気の毒です。

長年、英語を勉強しているのに、なかなか納得がいくような成果が上がらない人々。一生懸命、色々なダイエットの努力をしているのに、やっぱり、なかなか納得がいくような成果が上がらない人々。

つまり、甘いテレビCMの言葉に乗せられて、効果のない商品に多額の無駄な投資をしてしまう人々です。みんな同じような人種です。世間で行き交う情報の中の「真実」と「誤り」を見分ける能力が不足している人たちです。

いつも「上から目線」ですみません。m(__)m (^^ゞ

by robocop307 | 2013-03-20 09:05 | 警鐘  

コミュニケーション・ミス?

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プエルトリコ戦の8回裏、全くの推測ですが、ありがちな次のようなコミュニケーション・ミスが起こったのではないでしょうか。野球にド素人の私ですから、的外れで全くトンチンカンな推測かもしれませんが。

◆山本監督の指示:「できると判断したときは、ダブルスチールせよ!

◆井端選手の理解:「できると判断したときは、ダブルスチールせよ!」(同上)

◆内川選手の理解:「今、ダブルスチールせよ!

つまり、サインが内川選手に伝わる過程で、何らかの不可抗力な理由により、「できると判断したときは」の部分が欠落したというのが実態ではないでしょうか。

内川選手の責任では全くなく、サインを送った側に動作の曖昧さがあったのかもしれませんね。

あるいは、ダブルスチールのサインが「できると判断したときは」の意味を含むのか含まないのか、元々、多義表現で曖昧だったのかもしれません。

私たち一般人も日々、経験している誤解を引き起こす「多義表現」という魔物です。

【「多義表現」とは: 2つ以上の意味のいずれ(どれ)を指すのかが不明で曖昧な表現のこと】

by robocop307 | 2013-03-18 21:42 | つぶやき  

お疲れ様でした!

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侍ジャパンの選手、スタッフの皆様、お疲れ様でした!

今日は、プエルトリコ戦を生放送で2回まで見た後、録画をスタートしてから仕事に出かけました。帰宅するまで、絶対に試合結果が自分の耳に入らないように注意しました。

夕方、帰宅して録画を見るためにテレビを付けるときも、誤ってニュース等で結果を知ってしまうことのないように注意しました。録画でスポーツ観戦するときは、いつもやっていることです。

帰宅後、無事、試合結果を知らないまま、プエルトリコ戦の続きを録画で見ることができました。ですから、ジャパンが1点を取り返したときは興奮しました。

結果的には敗退しましたが、今日まで楽しい日々をありがとうございました。3連覇だけが目的という強いプレッシャーの中、よくここまで頑張ってくれました。

3位決定戦はないらしいので、皆さん、どうか胸を張って笑顔で帰国してください。

by robocop307 | 2013-03-18 20:17 | つぶやき  

WBC台湾ナインのお辞儀

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今、「ミスター・サンデー」で見るまで全く知りませんでした。あの感動のWBC台湾戦で、別の感動のストーリーがあったとは!

3/11の東日本大震災に対し、台湾は翌日に救援隊を派遣してくれただけではなく、世界一多額の支援金を送ってくれたそうです。そのことに対し、台湾に対する感謝のプラカードをWBC台湾戦で掲げよう!との呼びかけがあったとは、全く知りませんでした。

そのことが台湾でも事前に報道されて台湾でも盛り上がっていたようですね。また、台湾戦の最中でも、東京ドームで観戦していた多くの日本人が、感謝のプラカードを掲げながら、台湾チームを応援したとのこと。

ゲーム終了後、台湾のナインが日本の観客の応援に対し、360度回転しながら深々と感謝のお辞儀をしたようです。地上波では放映されなかったのだそうです。

恥ずかしながら、全く知りませんでした。こういう話を聞くと、本当に「戦争」の愚かさを痛感します。ちょっとしたキッカケで友好の雰囲気が盛り上がるのですから。

同様にちょっとしたキッカケで悪感情がエスカレートし、戦争に発展することもあります。しかし、性善説を信じているので、どちらかと言えば、友好的感情の連鎖反応の方が人間の本来性のような気がします。憎悪の感情の連鎖反応は、たいてい誤解に根ざしているような気がします。

台湾への感謝の気持ちを表そうとの今回の呼びかけはツイッターだったそうです。このように、ネットの普及で庶民の自然な本音が国際間でも伝播しやすくなったことは、戦争抑止にも貢献するはずです。

「戦争」というものが、市民の善意が国境を越えて伝わるネットがまだ発達していなかった古代の遺物だった、ということになるといいですね。

by robocop307 | 2013-03-17 23:50 | ご報告